第1回―異文化と如何に接するか?

1.日本にとっての異文化交流の意義

海外からの観光客や長期滞在外国人の増加は日本に様々な利益をもたらす。当面の日本経済活性化に資するのみならず、異文化との接触を通じて日本文化がより磨きをかけられ、ともすれば世界から孤立し、ガラパゴス化しがちな日本が国際社会と共に生き、その中で繁栄する道を見出すことのできる国に変えて行く機会ともなる。その意味でこの機会を積極的にとらえ、日本の真の国際化につなげていくべきである。

そこで、何としても避けなければならないのは日本人と日本を訪問する、或いは日本に移住する外国人との間で無用な、誤解に基づく争いが起こることである。まだ外国人流入が初期段階にある今の時点でこのような問題が起こることを未然に防止する策を講じることができれば欧米諸国がかつて、或いは今悩んでいるような不幸な事態を避けることができる。その意味で、今の日本はのるかそるかの分岐点に差し掛かっていると言っても過言ではない。日本人が、在留外国人は言うまでもなく観光目的で訪れる短期滞在の外国人と出来る限り多くの接触の機会を持つことが望まれ、それに当たって必要となる一定の予備知識と心構えを身に付けなければならない。これは、相手がどこの国の人か、或いはどのような宗教を信じているか、によって変わって来るので、今日から12回にわたって出身国別にお話したい。限られた時間であり、私の知識もまた限られ、或いは偏ったりもしているので、あくまでも皆さんのこれからの勉強のきっかけにしていただく以上のものではないことをあらかじめおことわり申し上げる。

以上要するに私が目指したいのは、異文化理解→異文化交流→多文化共生→コスモポリタン社会の確立、であり、その入り口である異文化理解に役立つようなお話をしたいということである。

2.文化とは何か

その地に身を置いてみて五感の全てを通じて感じ取れる雰囲気のようなものだと思う。その地の風土と切り離せないものである。

インドネシア人がよく言う冗談

日本人がインドネシアに移住し、インドネシア人が日本に移住して入れ替わったら何が起こるか?→インドネシア人は今の日本人の如く馬車馬のように働くようになり、日本人はのんびり、だらだらとしか働かないようになるだろう。

同じ国の中でも例えば私がかつて在勤したことのあるニューヨークとハワイとは全く異なった文化を持っている。方や生き馬の目を抜くビジネスの中心、活力に溢れる町、方やのんびり・ゆったりのアロハ・スピリットがそこはかとなく感じられる亜熱帯の町である。それほど大きな違いではないが、東京と大阪も微妙に異なる文化を持つと言えるであろう。こう考えると、文化は別に国単位で分かれている訳ではなく、地理的距離が離れるにつれて共通項が少しずつ失われ、その違いが一定以上大きくなると「文化が違う」と言われるようになるのであろう。

3.日本人の気質

日本人は職人気質の人が多い。一芸に秀でた人は尊敬を集める。(朝鮮半島で地位の低かった職人階層の人達が日本に渡って来たか?)総論よりも各論により興味を持ち、ニッチな文化にマニヤックな興味を持つ人が多い。日本人の持つ有力な武器は豊かな自然・四季の移り変わりを味わうことで養われ、それがDNAの一部を構成するまでに至った「磨かれた感性」であろう。

日本人は江戸時代の鎖国以来特に顕著になった「島国根性」と言われる閉鎖性を今も引きずっているのか、という問いにはスッキリした答えがない。女性を中心に積極的に海外進出をしていることや、世界各国の料理や踊りや音楽が人気を博しているのを見ると何でも分け隔てなく受け入れられる開放的な民族とも思われるが、キリスト教やイスラム教が広がらないこと、人権・自由・民主主義等の価値を重視する姿勢が弱いこと、外国語に対する拒否反応、そしてヘイト・スピーチや「外国人お断り」の看板があったりするのを見ると、やはり閉鎖的なのかとも思える。

少なくとも基本的に意見対立が少なく、直接相手を批判したり、議論をしたりすることがなく、以心伝心、「和」の心で生きていける、その結果として批判を受けることに慣れておらず、批判を受けるとすぐ喧嘩腰になる(或いは逃げる)、といったようなことも見受けられ、やはり日本人は基本的には独特の同質的な文化の中で閉鎖的に生きている、という結論になるであろう。

日本文化を一言で表せば「あいまい文化」である。物事をあいまいのまま置いておくことに違和感を持たない。むしろ、白黒をはっきりさせないあいまいな状態の方が快適である。また、日本は一定の市場規模があるので日本の中だけでしか通用しないもの(典型的例はシャワートイレ)を作ってもやっていける。それに対し、例えば韓国のような国内市場規模が小さい国は世界に通用するものを作って輸出しなければやっていけない。このため、韓国は必然的に世界に対して開かれた国となるが、日本はそれに比べればより閉鎖的ということになる。

4.異文化への接し方

日本の常識を尺度にして他国の文化を批判するのではなく、文化には多様性があることを理解し、虚心坦懐に他国の文化を見る姿勢を持つ必要がある。

「日本の常識は世界の非常識」

暗い部屋:北欧の人達は暗さに慣れている。昼間は部屋の中が暗くても電気を点けない人が多い。夜の街灯も屋内の明かりも日本人には暗く感じる。

道を譲る:周辺の人を意識し始める距離は国によって異なる。中国人、韓国人は相手がよほど近づかなければ気づかない。

食事の作法・時間:これについては第8回で詳しく述べるが、国によって食事を始める時間、食事のマナーなど大いに異なる。お隣韓国でさえ日本とは異なることが多い。

1国1言語:日本人は1国1言語が当たり前だと思っているが、むしろ2言語以上話されている国の方が多い。世界の国の数は今200足らずであるが、言語の数は8000語もあるとのこと。

特に相手国の文化の一部だけを見てそれを日本の常識に照らして判断するのは間違いの元。短期の観光旅行で見たり聞いたりする他国の姿は断片的なものに過ぎず、それに日本の常識をあてはめて判断することは偏見、差別、優越感、劣等感に繋がりかねず、危険である。まず全体像を知る必要がある。その為にはその国・その地域に一定期間住んで見ることが望ましい。そうすれば多くのことに合理的理由があることが分かるようになる。

また、個々人にはそれぞれの個性があり、その国の文化の影響を受けていることは間違いないとしても、個性の違い(饒舌・寡黙、陽気・陰気、きつい・優しい)が加味されていることも忘れてはならない。従って、個人に国籍のレッテルを張って全てをその角度から見るのは妥当とは言えない。

各国政府の振舞いや主張が即国民一人一人のそれと同じであると考えるのも誤り。政府が国民の考えから全くかけ離れたような行動をとることはないが、国民感情が政府により誇張されて出て来ることはしばしばある。中国においてさえ私的な会話では中国人自身が結構自国政府批判を行っており、政府の考え方とは必ずしも一致していないのである。日本人が韓国に行くのは危ない、と思っている日本人が多いが、私は2年間韓国に住んで、一度も危険な目に合わなかったどころか、むしろ親切にしてもらったと感じている。

5.この講座の目指すもの

以上を要するに、まずは分け隔てなく虚心坦懐に色々な国の人達と付き合ってみましょう、という結論になるが、そうは言っても予備知識としてその国の歴史や日本との関係、そしてその国の一般的な文化的特徴を知っていることは役に立つ。そして、文化的に大きく異なる欧米諸国の人と接する場合はそれに合わせたものの考え方に切り替え、相手が強く出てきたらこちらも強く出る、といったような対応術も必要になる。これからそのような文化の違いについて話をして行きたい。出来る限り抽象論で結論だけを押し付けるのではなく、私がそれぞれの国で実際に見たり聞いたりした事実を語り、それを通じて皆さんに判断していただく、という形にしたい。また、出来る限りその国の方をゲストとしてお招きし、皆さんと対話していただく機会も持ちたい。

そして、異文化交流ということになると語学の勉強は避けて通れないので英語と中国語を中心に言葉を学ぶ楽しさも知っていただきたいと思う。(尤も、外国人のおもてなしには日本語を使った方がよいという主張もある。第10回にはそのような運動を推進しておられる方に話をしていただく予定である。)12回の講義で、しかも各講義の中の三分の一の時間でできることは限られるので、この講義では外国語を学ぶ楽しさを皆さんに感じていただき、もっと勉強をして見ようという気持ちになっていただくことを目指すにとどめ、実際の語学の上達のためには別の機会を利用していただくということでお願いしたい。

英語講座(I)

英語については講義予定を公表した後も色々考えた結果、予定からは少し外れてしまうが、前半は日常よく使う日本語でそれを英語に直訳しても意味が通じないものをどのように訳せばよいかを見て行きたい。後半はおもてなしに使える表現を会話形式で学んでいくことにしたい。

初日の今日は相手に通じる英語を話すために特に注意しなければならない、発音と抑揚・リズムについて話したい。

(1)発音上の注意

まず、発音については日本人的発音になるために外国人に理解してもらえないということが多い。特に注意すべきは次の諸点である。

  • 単語の末尾の子音に母音を付けない
  • 子音と子音の繋がっている時、間に母音を入れない
  • 子音をしっかり破裂させること。Wは口をしっかりすぼめ、「ウ」にならないように。 例: sportsはsupootsuではない。

発音力向上のため”In particular”を正しく発音する練習をすると効果的。その際の注意点は次の通り。

  • “n”-しっかり舌を上の歯茎に付ける。付けないとngの音になる。
  • “r”―舌を咽喉の奥方向に巻き込む。上顎に付けない。
  • “u”―唇をしっかりすぼめる。
  • “l”―舌先を上顎に押し当てた後破裂させる。
  • 最後の”r”を発音するのを忘れないこと。

日本語のラリルレロは英語のlとrの中間の音だが、どちらかと言えばlに近く、舌先を上顎に軽く触れて発音するが、英語ではしっかり上顎に押しつけた後破裂させるように発音する。このlとrの違いをマスターするため、”military”の発音や、cとlの間に「ウ」の音を入れない様に注意しながら”clear”の発音を繰り返し練習するのも効果がある。

(2)抑揚とリズムとアクセント

次に抑揚とリズムであるが、日本語はピッチの上下が激しく、橋と箸など、上げ下げの仕方で意味が違ってしまったりするが、英語の話し方は割合に平板で、時々語尾を上げる程度である。日本人が英語を使う場合は意図的に低音で平板に話すようにした方がより英語らしく聞こえ、理解してもらえる可能性も高まるであろう。加えて、重要な言葉をゆっくり強く発音し、そうでもない部分は弱く早口で発音する、ということを心がけた方がよい。無論ピッチを上げることでも強調できるが、それよりもゆっくり強く、ということを意識することが大事である。各単語の中のアクセントもピッチを上げると言うよりはゆっくり強く発音することに意を用いること。緩急をつけ、英語らしいリズムで話すことはよりよく理解してもらえることに繋がる。次の文章で、下線部を強くゆっくり発音し、他の部分は早口で、全体を出来るだけ低音で平板に発音する練習をしてみていただきたい。

例:Todáy I went to a depártment store to buy some clothes and a pair of shoes.

中国語講座(I)

(1)中国語の重要性及び面白さについて。

今回私が自身あまり得意ではない中国語についてお話することにしたのは、日本人が英語に次いで学ぶべき外国語は中国語だという考えを持っており、また日本人にとって中国語を学ぶのはハードルが低いだけではなく、日本語とどこが同じでどこが違うかを常に考えさせられるという意味で好奇心を刺激され、他の言語よりも楽しく学ぶことができると考えるからである。言うまでもなくお隣の国で話されている言葉であり、人口で見ても世界で最も多くの人が使っている言葉であるので日本人なら誰にとっても役に立つ可能性の高い言語でもある。

ただ、乗り越えなければならないハードルが二つあり、それは発音と声調である。これで躓く人は多い。私は言語学の知識はないので素人としての考えに過ぎないが、例えば、nとngの音の違いを聞きわける力(私はここで躓いた)、また声調の違いを聞きわけ、それを自分でも区別して発音する力、等は一定の年齢に達すると物理的(身体能力的)制約ができてしまい、いくら努力しても達成不可能になってしまうのではないかという気がする。更に、三つ目のハードルがあり、それは簡体字を学ぶことであるが、これは最初の二つのハードルに比べればやや低めのハードルである。

(2)発音

発音はとても難しく、丁寧に説明し始めると何十時間もかかってしまう。ただ、日本語と違ってほとんどの漢字は読み方が一つしかなく、それさえ覚えればよいので、その点では日本語より易しい。中国語にはひらがな・カタカナに当たる文字がないので、ピンインと呼ばれるローマ字に声調マークを付けたもので発音を表示する。そして大体のピンインはそのローマ字の通常の発音で読めば「当たらずと言えども遠からず」と言って差し支えない発音になる。その例外になるのが次のピンインで、一見しただけではどう発音すればよいか分からない。またこれらの音はしばしば出て来るので知っている必要がある。

jī(日本語の「ジ」だが、無気音)

qī(日本語の「チ」を強く破裂させる(有気音))

xī(静かにして欲しい時に言う「シー」の音)

zī(日本語の「イ」の口の形で「ズ」と発音。無気音)

cī(日本語の「イ」の口の形で「ツ」を強く破裂させて発音(有気音))

sī(日本語の「イ」の口の形で「ス」と発音。)

zhī(舌の両サイドを奥歯の歯茎に付ける。舌の先端近くを上顎に軽くはじいて発音。無気音)

chī(舌の両サイドを奥歯の歯茎に付ける。舌の先端近くを上顎にしっかり付けてから破裂させて発音。有気音)

shī(舌の両サイドを奥歯の歯茎に付ける。舌先を上顎に触れることなく発音。「シ」のくぐもった音)

rī(舌の両サイドを奥歯の歯茎に付ける。舌先を上顎に触れることなく発音。「リ」のくぐもった音)

(3)声調

中国語(普通語)には軽声を含めて五つの声調がある。同じ発音でも声調が違うと別の漢字となり、当然意味も異なるので各漢字の声調をしっかり覚えなければならない。

第一声 mā (妈)(高めのトーンで平板に)

第二声 má (麻)(驚いた時の「ええー」と同じ。)

第三声 mă (马)(がっかりした時の「あーあ」と同じ。)

第四声 mà (骂)(カラスの鳴き声「カー」と同じ。)

軽声 ma (吗)(抑揚をつけず、軽く短く発音)