このシリーズは私の外務省勤務を通じて得られた知識と経験に基づき、出来る限り正確な情報をお伝えすべく努力して書いたものですが、誤りがありましたらご容赦ください。言うまでもなく外務省の立場を述べたものではなく、あくまで個人的な見解です。
リンガハウス理事長
岩谷 滋雄
(東京外国語大学オープンアカデミー教養講座講師、元駐オーストリア大使、元日中韓三国協力事務局・事務局長)
アジアの言語・文化・社会編
人と人との結びつきの強さと言葉の壁
子供や親兄弟との結びつきや近所の人達との結びつきが非常に強いこともASEAN諸国共通の特色である。インドネシアでは「ゴトンロヨン」(相互扶助)と呼ばれている。インドネシア人は、家族を支えるため郷里を離れてジャカルタや中東諸国に出稼ぎに行く。フィリピン人はもっと海外に出稼ぎに行く人が多い。昔ドイツやオーストリアで雇用していた使用人のフィリピン人も、「自分がこのような仕事をしているのは弟や妹を大学に行かせるため」、と言っていた。そのために1円でもたくさんのお金が欲しい。あわよくば日本人と結婚してそのお金で郷里の家族を支えたい、と。
雇う側と雇われる側の所得格差は非常に大きく、彼らは我々の目から見ると極くわずかな収入のために一生懸命働いているのである。開発途上国に勤務する時のストレスの一つは、この所得レベルが全く違う人たちとどうやってうまく付き合うか、という悩みである。使用人を使い慣れている欧米人は上手な対応の仕方を心得ているが、日本人はつい情に流されて中途半端な対応をし、かえって関係がぎくしゃくしてしまうことになる。雇用主と使用人という立場の違いを明確にわきまえ、お互いに一線を超えないように振舞う必要がある。
これから日本でも家庭でメイドとして働く東南アジア人が増えてくるかもしれないが、日本人はそういう人達につい同情するあまり、色々な頼みを聞いてしまいがちである。無論愛情をもって接するのは良いことではあるが、駄目なものは駄目と言う必要がある。色々な頼みごとをしてくるけれども、ほとんどの場合「ダメもと」で言っているのであり、それを断ったからと言って人間関係が壊れるというような心配をする必要はない。盗みを働きたくなるような誘惑には晒さないということも大事である。インドネシアに住んでいた頃は留守中に使用人が勝手に使えないように固定電話のダイヤルに鍵をかけたり、運転手が車のガソリンを抜いて売ったりしないように毎日の走行距離と給油したガソリンの量をノートに付けさせたりした。今から思えばやり過ぎた面もあったかもしれないが、「アリの一穴」という思いであった。
言葉の障害さえなければ本当に気ごころの通じやすい東南アジアの人々だが、インドネシア・タイではあまり英語が通じなかった。最近はどうであろうか。ただ、インドネシア語(マレイ語とほぼ同じ)は日本人にもなじみやすい言葉であり、『コメは「ナシ」、お菓子は「クエ」』などと語呂合わせでも覚えることが出来る。挨拶の言葉くらいは覚えて歓迎の際に使いたいものである。
日本に来る外国人があまり増えないのは、言葉の壁が一つのネックになっている可能性が高い。そこで、受け入れに際し、日本語が話せることを条件にせず、英語ができればよいことにすればどうだろう。そのためには日本人自身がもう少し英語を使えるようにならなければならない。あるいは、中国由来の漢語や敬語を排除した「やさしい日本語」という新たな日本語を確立して外国人との意思疎通の道具にするという手もある。この両方の道を並行して探求してみてはどうだろうか。